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多聞堂の歴史
看板

1930年に東京都芝に創業して以来、70年余りにわたり続いてきた多聞堂。現在は赤坂に移転した本社を中心に、古き良き物を残し、そして時代にあった額装を日々製作している。東京のど真ん中に店を構え、時代の最先端を捕らえつつ、店内のオフィスに面 した仕事場は今も昔と変わらぬ職人のアトリエとなっている。

初代社長である岡村辰雄は、当時日本の建築がちょうど日本家屋から現代の建物へと移行する時、『その中に飾られる美術品も様式を変えねば美しくない』という理念から、掛け軸にかけられていた絵画や書を西洋の様式を取り入れ額で装飾し、床の間のない現代建築の中に飾るという日本で最初の試みをした者である。そのため、1988年には建築家『吉田五十八』の特別 賞を受賞するまでに至った。

その後、建築まで含めた美と空間の演出を行うということで認められ、現在も宮内庁を始め、日本の文化を発祥する歌舞伎座、国立劇場、国宝である法隆寺の大壁画など他方面 にわたっての仕事を行っている。

1930 東京港区芝に岡村辰雄、『岡村多聞堂』創業
1950 吉田五十八先生設計による『歌舞伎座』場内装飾用額縁を委嘱され、18点額装
1953 皇太子殿下御外遊に際し、『外務省』在外交官装飾用として70点余りを額装
その後、毎年数十点前後を額装
1954 『宮内庁』仮宮殿内の21点額装
1958 『明治座』場内の27点額装
1960 『東宮御所』大食堂、《東山魁夷》作 壁画製作
他7点額装
1961 『吹上御所』内の4点額装
1964 東京港区赤坂に本社ビルを新築し移転
1966 『国立劇場』内、絵画約150号を22点、額装製作・取り付け
1968 『法隆寺』金堂内、復元大壁画12点のパネル額装製作・取り付け
岡村孝三郎 社長就任
1969 『新宮殿』《東山魁夷》作 壁画製作、他30点の襖・屏風、額装
『須崎御用邸』内の5点額装
『外務省』麻布迎賓館の9点、額装製作・取り付け
大阪『四天王寺』金堂・講堂、《中村岳陵》作、大壁画パネル28枚製作・取り付け
1970 『東京国立近代美術館』絵画の6点修復
1972 『在中国日本人大使館』内、装飾絵画の12点額装
1973 『成田山新勝寺光輪閣』《大山忠作》作の25点、襖製作
1974 赤坂『迎賓館』遊心亭内、《鈴木翠軒》作の額装
1975 『唐招提寺』《東山魁夷》作、障壁画パネル12枚製作
1977 『在アメリカ日本大使館』内《加山又造》作の屏風額装
1980 『国立近代美術館』《梅原龍三郎》絵画を鉄パイプで損傷させられる事件が起り、内6点を先生の御指示により修復
1984 『新宿ヒルトンホテル』ロビー《奥田元宋》作の屏風額装
1986 『国立能楽堂』内《奥村土牛》作などを5点額装
『那須ロイヤル美術館』浮世絵表装407点を額装
1987 『東京国立近代美術館』「杉山寧展」の額装
名古屋『日泰寺』《高山辰雄》作、壁画パネル額装製作
『高島屋』「奥田元宋展」の額装
1988 前会長《岡村辰雄》が吉田五十八賞特別賞受賞
1989 『東京国立近代美術館』「高山辰雄展」の額装
1990 『宮内庁』大嘗祭《東山魁夷》《高山辰雄》作、6曲1双大屏風製作
1992 『東京美術倶楽部』「杉山寧の世界展」の額装
1993 新築『明治座』内、25点額装
1998 『東宮御所』内、《東山魁夷》作「日月四季図」の修復
1999 『高野山金剛峯寺』《高山辰雄》作「投華密教に入る」6曲1双大屏風製作
2000 『身延山久遠寺』 御真骨堂壁画修復
2001 『林昌寺』天井画額装
「日月星辰 高山辰雄展」 屏風3双、額装15点製作
2002 『国会議事堂』 参議院本館中央広間 大壁画修復
2003 『日本テレビ』本社ロビー《横山大観》作「霊峰富士」額装製作取付
『青松寺』《高橋秀年》作 天井画壁画額装製作取付
2007 『西本願寺』《上村淳之》作 額装
2008 『衆議院』《上村淳之》作 額装
『四天王寺』《中村岳陵》作 金堂壁画修復
2009 『孝道山』《堅山南風》作 壁画修復
《鈴木翠軒》「生誕120年万葉千首展」
2010 現社長 岡村秀雄就任
2011 『そごう』「森田りえ子展」額装30点